「覚える」

最近、なぜか覚書といったモノに署名をしたり、覚書を確認するといった場面に出くわす。ビジネス場面でのことだ。しかし、「コンピュータのメモ機能を使う」程度のことも、覚書と使っても許容範囲のようだ。これは多分、英語でmemoやmemorandumという言葉であるから、手書きで作った覚書時代を経て、ほぼ打字時代の現在ならではの流れだ。

今の覚書は、何と幅の広いことか!

さらさらっと書いて、そこへ本人しか書けないような署名をぐちゃぐちゃっと書いて、覚書で良かったのに・・・。

なぜか、バチバチガチャガチャと打ち込んで、(いや、ドッドッドッドと叩くものもあるか・・)プリンターという名器に字を出させ、そこにわざわざ丁寧に署名し、日本の場合は捺印まで求められる。

「なにぞやわずらわしいことぞ」

手広くビジネスを展開すると、名器(名機)に頼らざるを得ない。ガリ版印刷で顔をインクまみれになっていた時代を懐かしく思う。

以上、

ガリ版印刷のことは見たことはないけど話には聞いたことがある私の、未来の大人への覚書。

Yumiko Yoshioka’s WS2020 リポート②

とにかく由美子さんは元気である。一人でゴロゴロ転がしながら旅するのだから、自由で楽しく笑っている。日本人女性でここまでタフな人がいると、私なんかはひょろひょろ人間だと思える。私も旅好きだが、気の狂うような年間予定を立ててしまう旅人とは比べものにならない。そして各地から、文化や文明の報告を写真付きで伝えてくれる。由美子さんとの文通はかれこれ17年も続いているが、お互いに日本語盛り沢山で書く。でも時々頭に浮かぶ。同じことを英語やドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語でやっているのではないか?と。あの人の頭の中はどうなっているのか感心するが、元々文学少女である由、旅を続けていればどの言語でも書けるのだろう。私はすっかり日本の住人になってしまった。決して悲しんでいるわけではないのだが、外が恋しいと思うことはしばしばあり。

日本に住んでいて世間の流行だけは身近に感じている。聞こえてくる流行りのポップスも口ずさむ。馴染むことはできている。ただ、美しい日本の四季というのが、どうも違っている。昨春だって、暖冬だった割にはのんびりやって来たし、夏だって7月はずっと雨が降っていた。冷夏だと言われたのに8月は38℃とか毎日狂っていた。

そういう時、由美子さんにこの手の話は通じない。彼女にはもう四季は存在しない。

「タイムトラベルする人にとっての一秒で、一年後の未来に行くには、光速の何%で進めばいいのか」との難題を5年生に投げかけられて困っている私にとって、由美子さんは正に異次元の世界で生きているのだと思える。ファンタジー要素のある人だから、年相応といった事物や通常の概念などといったことが実に無意味だ。

ヨーロッパに向かおうとした室伏鴻さんがメキシコの空港で亡くなった時、由美子さんもいつかはそうなのかなと思った。でも2020はその旅を止めるよう進言した。COVID-19で辺境の地で死んで、しばらくして遺骨だけ日本に帰ってきたらラッキーだけど・・なんて言って。実際、年間何度飛行機に乗っているのか知らないけど、事故など無縁でこれた運のいい人にとって、私の言葉は厄介だったかもしれない。でも旅の自由や爽快感を喜べない状況なんて、あっても仕方ない。代わりの方法はいくらでもあるだろう。

たまにはバイクで旅でも

Yumiko Yoshioka’s WS2020 リポート①

何かが起きた世界で、何かが起きたと忘れる時間があってもいい。多分、3月はまだ漠然とこの世の事象を捉えていた人が多かった。でも私は違った。もう中華系の飛行機は飛んでいなかったし、中国経由で日本に降り立つこともできなくなっていた。北海道から予約してくれた人も、ひょっとしたら発着便が突然なくなるという不安があった。それどころか、雪すら降らなかった昨冬はリゾート地には観光客が来なかった。

そう、全ては正月が明ける前から始まっていた。ビジネスの不成立。でもあっという間に、他業種でのビジネスも不成立になった。何度か書いたが、私はビジネスパーソンではない。アーティストの立ち位置を守るためにビジネスを装っている。本当は私より長けたアーティスト保護のビジネスをしてくれる人がいた方が助かる。だが、こんなに自分のスタンスが2020年を生き抜くには都合よくなるとは。。

私のアートをビジネスに落とし込んでもらえるなら、嬉しい。

「君のダンスを毎日見ていたい」というパトロンがいたら、色々お願いしたいと思う。

何度も言うが、アーティスト本人がビジネスをするのは、理想的ではないと思っている。

さあ、じゃあYumikoはどうなんだ?

彼女は私の心配をよそに、東京から白山にやってきた。毎春のお楽しみだ。白山でワイワイやっている間にも、次の地への準備に余念がない。で、私が伝える。「アメリカは難しいと思いますよ」。いくら仕事の依頼があっても、どんなに沢山の出会いが期待されていても、足が不確かになってしまうと予想された。もちろん、万が一のことを考えて追加の海外旅行保険も紹介した。

だけど彼女はビジネスパーソン。そうそう諦める気配はなかった。

心機一転!第二章が始まります。

Wild Art YESE!の変革期。2020年7月3日から新体制となります。

この一年色々ありまして、日本移住後に大切にしてきた事物、日本への恩返しというか地域貢献をするという活動に一つ区切りをつけます!

理由として、実は2018年11月に地域振興と言えばいいのかな?その為だけに、一つ任意団体(Landing in HAKUSAN)を創立しました。近所によく似た境遇のフィリピンから戻って来たfamilyがいまして、数年待ち望んでいた革命仲間ができました。とはいえ、私はあくまで「よそ者」です。これは嫌味でもなんでもなくて、自分の立場をよくわきまえて・・正しい言葉として使っています。そして革命仲間は、Uターンの私より5歳若い幼児を抱えるママ。タッグを組むには最高だと思いました。

その後、白山町の女性起業家が中心となり異業種交流会を開き、白山町の未来を担う新たな仲間を見つけました。

そうして、2019年4月に大急ぎで世間一般に向けて団体設立、というなんとも私らしくないことが起きました。(私は紙の上で起きる事より、目の前で起こることが大事)

6月には農林水産省の補助金を頂きながら、地域振興のため全力で動いていました。

つまり、ここのblogに記録しておく余裕がなく、時間に追われた令和元年度でした。

さて、引き続きこの令和2年度も補助金を頂いて活動ができることになりました。

そして、そちらの団体のHPも整いつつあります。英語版も近々リリースされるでしょう。

Landing in HAKUSANのHPへジャンプ!

今まで帰国者として、新たに出会った土地で地域貢献に奮闘してまいりましたが、やれることはやり切ったので、Landing in HAKUSANの枠の中でそれは継承していくこととして、Wild Art YESE!は本来の世界標準で「芸術Art」への想いを熱く燃やしていきたいと思います。

部分的にまだ構想段階ですので、追々----おーいおい、で。

 

大村未童の今

生きています。浮足立つことなく、生きています。

死を目指して日本を経ってしまった時から、ずいぶん経ちました。

白山を歩いて火を焚いていた時から、数年経ちました。

今を生きる若者たちに、希望を与え続けています。

「あのおじさん誰?」もうきっと怪しまれていないことでしょう。。

彼のTwitterから勝手に拝借して(文字数制限で読みにくいので、Retweetの形にできませんでした)、現状報告とさせて頂きます。

 

こんな時世に
東京と長野の二拠点生活を始めれたのは
義援金をくれた劇団の支援者のおじさん達
格安で離れや畑、そして農作の機材を貸してくれた母屋のオーナー夫妻
俳優修行で集まってくる若者達
農園を手伝ってくれる若者達
皆のお陰

大人になるということは、
自尊心との戦いだ

間違うと自尊心は肥大し、
自分を失う

応援してくれる皆様は、
頑張って乗り越えてこられた先輩方だ

わたくしもさらに
乗り越えてゆこう

幸せになろう

さあ、明日から四週間
稽古稽古稽古稽古稽古
俳優修行は、
自尊心との訣別だ
教えることも
同じ

ただ、わたしなどはまだ
訣別できず
教えるを通じ生徒から教わる
そうして生きてきた
まだまだ恩返し出来ていない、、
後10年、演ってみる

しろなきもち

今日スカートをはいた。

衣装で選んだんじゃない。

制服として選ばれているんじゃない。

心で選ばれた、そんなスカートをはいた。

Yumiko Yoshioka’s WS 2019リポート②

毎度のことながら贅沢な時間ですね。
食べて動いて、食べて動いて、温泉行って、食べて語って寝る。
近場の参加者は通いなので、物足りないかも!?

それでは参加者からのお手紙を紹介します。

*Tさん 80代女性

毎年のことながら先生の教え方の上手さには感服です。
私たちを集中させるように持っていく力は特に素晴らしく知らず知らずに引き込まれていきます。元々私は基本の動作をすることにが好きなタイプで、内容は高度なこともありましたが今回もさほど大変とは思わず取り組めました。
顔見知りの方も何人かみえて、声をかけてくださりお陰様で楽しい1日を過ごすことができました。ありがとうございます。

*Tさん 40代女性

先日は大変お世話になりました。とても充実した時間を過ごせました。
ありがとうございました!お礼が遅くなり、申し訳ありません。

2回目ということもあり、去年とはまた違った楽しさがありました。
上手く言葉で説明ができないですが。
しんどいことが続いていたので、いつもと違う環境に身をおくのもいいリフレッシュになったと思います。

自分の感覚に鈍い私にとっては、本当にいい経験でした。
感じながら身体を動かすって、脳へのとてもいい刺激になりますね。

*Hさん 40代女性

先日は、最高に充実したワークショップをありがとうございました。
2年前は参加できなかったけど、それ以外は毎回3日間参加させていただいております。
今回は、ヨガが日常になっている体と心だったからか、以前より「ニュートラル」の状態に入りやすい気がしました。
人生の始めての由美子さんのワークショップを受けた時も、あの日常とは違う時空間に圧倒と陶酔と心地よさと、なんともいえない感じだったのを思い出します。
毎回、いろいろな感覚を得られて、素敵な仲間に出会えて、本当にうれしいです。
由美子さん、そして、裏で支えてくれてるYESEスタッフに感謝です。
ありがとうございました!

*Tさん 70代女性

お世話になりました。色々教えて頂いて、今までと舞踏を見る目が変わったと思います。きっとこれからは、漠然とではなく、関心をもって見せてもらえると思います。世の中には舞踏とか分からない人は多いと思いますので、一生懸命な踊りも、私達みたいな人々には難しく伝わり難い・・でも熱い!!
由美子先生のパワー、情熱には驚くばかりです。1日だけでしたが、別世界を学ばせて頂けたことが夢のよう、、熱い皆さんの中に参加させて頂き、誠にありがとうございました。素晴らしかったです。自身の身体がコンニャクになったような感覚でした!!

 

Yumiko Yoshioka’s WS 2019リポート①

5月は3月より花粉症も落ち着いて、夜間にうろうろしてても寒くないし、結構快適なんです。だからテント組もいて、合宿形式ならではの充実した時間となりました。

あいにく体調不良となる方がいたのですが、5回目ならではのレベルアップを感じたWSでした。そして再会の喜びというのは、田舎じゃなきゃここまでないじゃん?という深く熱いもので、毎年続いているこの機会が私自身の栄養にもなっております。

さてさて、写真で振り返りまーす!

 

 

リバーパーク真見 春フェスタ2019 リポート

第三回目のフェスタ。急な暑さとなり、たかが5時間されど5時間の芝生に転がる日。

我々は国際交流ブースという体で、町内在住の国際結婚3組で賑やかに出てみましたよ。

(って、全く賑やかな写真ではないですが)

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ムロくんのジャンベ青空教室があったので、小さいお子さんが喜んでいましたね。

実は4年ぶりに一緒になりました、ムロくん。変わらずパワフルでした~

バウロンとの協演&子どもを踊らせる、閉会宣言があった後のセッション!

 

本当に暑くて暑くて、元気の残っている人だけが跳ねました。

家城ラインの風景と時々通るディーゼル(名松線)。芝生に花々。

自然を楽しみに来て欲しい。もっと沢山の人にね!!次は秋フェスタで~す。