珍道中日記⑦(完結)

back and bags とにかくへとへとなんです。最後は土曜にStuttgartから9時間のバスの旅。日曜は荷造りをして終わり。月曜は10時に出発。首尾よく前に駒を進めたはずなのに・・・

珍道中日記②で書いたとおり、アムステルダムの乗り継ぎで・・・また走りました。でも疾走ではなく、念のための走り。

Eまで移動よ、走って!!」

何せ移動距離も出国手続きも計算できないので、余裕は持てません。時刻は午後1時なので、元気よく走ることができました。

団体客のいない便だったので、手続きの順番はすぐに回ってきました。あとはEに向かえばいいはずです。

「え、なんでまたパスポートいるの?」Eronが言いました。この時点でYukoの中では「さっきのが入国手続きで、こっちが正式出国手続き」と、EUやシェンゲン条約も存在しなかった一昔前の知識で理解していました。

しかし、すぐに順番が回ってきてパスポートを出したら、相手が「どこの国の人?どこの国に行くの?」と聞いてきたのです。

「Which country?? JAPAN!」と怪訝な顔をして答えるEronに、「ここからは日本には行けない」と・・・?

あーーーーーー

「ここはBだよ、Eじゃない!」Yukoがここで気がつきました。

珍道中日記②で書いたとおり、8週間前に同じ空港内を疾走したYukoは、デジャヴではないのに、自らデジャヴを作り上げてしまったのです。

つまり、走りながらEがBにすり替わっていたのです。そう、Bの手続き場は、Berlinに向かうための所でした。

でも一番ショックだったのは、誰も確認せずにYukoに続いて走っていたという事実。Eと言ったのに、、Eくらいは皆読めると思ったのに・・・・・

 

そこまでして到着したEですが、なんと飛行機の故障にて、2時間遅延となったのです。

これで関空からのリムジンバスに乗り遅れ決定。その後はバスがない時間帯に入るため、余分に一時間待つことも決定しました。

 

――――こうして待つに待った駒を進め、30度を越える日本に到着し、トーリーでしか運べない量の荷物を抱え、Yuko実家に帰着したのは23時間の後でした。

 

まとめ。

紛失物:帽子3つ、靴下1足

show:5回

新作絵画:14作品

体重:子供二人 1kg増(パンの食べすぎ&運動不足)

Yuko 2kg増(筋トレに成功)

Eron 1~2kg減(筋トレ不足&寝不足から来るやつれ)

Shinpei 4~5kg減(食事療法と効果的な運動で減量に成功)

new back style

 

証拠(8月27日撮影):

8月2日のshowの前に、少しずってくると言うので裾を折りました。

8月9日のshowでは腰パンでしたが、show後半には完全に太ももまで落ちてしまったので、ぐーっと上げたそうです。これをHannahが「cool」と言ってくれたので、それならそのままで、としました。

8月14日のshowでは、新聞記事で確認するかぎり、裾は踏んでいるしパンツが落ちているので、とても胴長で脚が短く見えます。

最後のスイス旅行では、低温を考慮してジーンズを毎日履いたのですが、歩く度に落ちてくるし、荷物を持っていると手がふさがるので坂道は登れませんでした。そういう状況で、最後になって紐ベルトが活躍しました。

この先も紐ベルトを使ってもらいたいです。だって痩せた濱口新平、結構かっこいいですよ!

 

濱口新平ファンのみなさま、もうお菓子はいらないです。

その代わり、これから生まれるだろう絵を沢山見てください。

そして、生の声に耳を傾けて、そこから先へ、周りへ、新平の表現を広げて下さい。

 

以上。

新平母の迎えがもうすぐ来ます。

荷物の分別は終わり、YESEも肩の荷を下ろせます。

二ヶ月の珍道中が終わります。ご苦労で・・・あった。。。ふーーーーー

 

 

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職業アーティスト育成プログラムのリポート⑩

スイスになぜ行ったのか、それはきっと昔の文豪と同じだと思います。箱根の旅館で書き上げた本とかありますね。

我等の友人の劇作家も、旅先で仕上げた脚本をいっぱい持っています。

有形美術のオイシイところは、制作活動を色々な場所・環境でできることではないでしょうか。そして作品を移動させて・・・。

今回の濱口新平の旅の記録は、我々の予想以上に膨大なものになっております。

もちろん一ヶ所に留まらないスタイルなので、移動の度に開けて広げて乾かして片付けて・・(あー大変!!)

 

それから、申し込みをして書類選考通過したフェスティバルの様子を見てきました。チューリッヒの友人宅に泊まらせてもらえたので。

会場と出演の条件から、とても規則を守れないと思ったので、今回は取りやめた所でしたが、機会があれば又挑戦できそうでした。

 

それではスイスの超特急滞在&制作風景の写真をどうぞ!

Kuhland im Hotel echte Kuh im Hostel (1)

どんなものが仕上がったか、皆さんに想像して頂きたいです。そして今秋に、報告会を兼ねて全作品に出会える機会を用意しますので、それまでフツフツ興奮を抑えながら待っていて下さい。

最後に、最後の最後の旅の想いとして、大事な制作を始めています。

 

珍道中日記⑥

長期滞在中のStuttgartから小旅行をしました。

Yukoはスイスには14年前に来ました。ヨーロッパの初めての国として半月周遊したのですが、当時は国境の街に行けば、ドイツマルク、フランスフラン、イタリアリラがスイスフランの下に書いてありました。

2002年に行くと、今度はユーロ導入直後でスイスフランが特別なものに映りました。しかし実際に特別となっていたのは、ドイツに住んでいた頃です。スイスに行く元気がなかったのは、きっとYukoだけではなく、多くのスイス周辺国民が感じていたことでしょう。

今回は話に聞いていた通り、スイスでもユーロが常用されているので、出来るだけ両替を避けるという荒技を駆使しております。手数料等から発生する無駄が半端ないので、スイス国内で一定の評価を得ているユーロに旅の手伝いをお願いして。

スイスへの入国・出国に使うバスは、ドイツの会社ですからユーロです。もうこの時点で少しのスイスフランだけが必要となりました。

バスに同行した人が両替して欲しいと言うので、幸運なことに最低限のフランを手に入れました。

一泊したホステルも、ちょっと値の張る切符も、ユーロで済ませました。おつりはフランでもらえるので、それを次の短距離切符購入に使います。そしてやたら重たいコインをきれいに使い、軽い現金だけで無事に5日間のスイスの旅を終えたのです。

ご存知のように、スイスでの労働者の時給は日本の三倍ほどです。大雑把に云うと、普通に生活したら三倍の現金が必要なのです。

もうYESEの場合、この時点でオワッテル・・・でもドイツだと日本の7割ほどの値段で食糧を手に入れられます。

というわけで、スーツケースに入るだけの食糧を持って国境を越えたのは、本当に大正解でした。

 

《スイスで日本よりお得だった物リスト》

エメンターラーチーズ(お買い得商品だったため、ドイツよりもわずかにお得)

牛乳

マカロニ

ミルクチョコレート

 

 

 

職業アーティスト育成プログラムのリポート⑨

8月6日に西独から南独へ、10時間かけて移動してきました。線路工事と電車の勝手な運休に付き合って、、泣きの一日でした。

天気は曇りがちで、かつ南下するということは、必然的に日没が早くなります。感覚としては、Berlinより一時間夜が早くなりました。

さあそんな中、昨夏Wild Art YESEの実習生だったHannahが、culture managerとして働いてくれています。

色々あって大変なので、簡単に写真で報告します。

8月9日 im Cafe BABELVorbereitung BABEL Interview

8月14日 in Ludwigsburg 誰も本番の写真は撮っていませんが、新聞記者が二名!そのうち新聞記事を挙げますね。

Vor der Show sportliche Fee (1) Amy mit MAMA

職業アーティスト育成プログラムのリポート⑧

美大の修士課程終了の学生による個展に出掛けてきました。高級アパートを面白くいじっているお姉さんのです。※前回ブログを参考

しかし、ギャラリーの作品はやはりまじめというか、期待外れだったので、作品ではなく人物紹介のみ。

美女と野獣ならぬ、妖精と小人。アーティスト交流いやいや、大人と妖精か・・・(どれがしっくりくる?)

展覧会の初日には、おもてなし(party)も経験しました。こうして多文化多言語のBerlinから、ドイツ人中心のドイツ社会にやってきて、完全に浮いている新平さんです。交流というか、浮いている・・・当たり前ですね、誰でも初めての土地に行けばそんなものです。YESEだって・・・

そんな少しおっかなびっくりな状況の中、showの時がやってきました。今日のお客さんです。あと10人くらいはいたと思います。お客さん狭いカフェにぎゅうぎゅうに入ってもらいました。5月にオープンして初めてのイベントの、初めての出演者として登場です。もちろん新装したお店なので、床は波打っていません。そういうお店の状況からして、結構人が集まったのではないかと思います。

今回のホストであるNataliaが丁寧な挨拶をしてくれありがたいと同時に、雰囲気は少し緊張が漂っていたかもしれません。あっという間に終わったか、80x60cmの大きなキャンバスを仕上げるには、三者三様力が入りました!何よりも、新平の目がこの上なくキラキラしていたのが衝撃であり、感動でした。show in Wu-tal

Wuppertalを去るにあたり、Nataliaにある絵をプレゼントしました。当初、カフェで仕上がる絵を彼女に渡すつもりでしたが、その絵はカフェの空間に相応しく、またYukoの直感もあり、彼女の為にはるばる持ち歩いてきたと思えたこの天使を、贈りました。

4月の濱口新平個展に足を運んでくださった皆様、アディオス!でございます。

adiósNataliaはコロンビア人。高山の国から平地のBerlinに留学生として来たのは2003年。そして様々な苦しい経験を経て母になりました。今年五月に都会生活に疲れてWuppertalに移住。久しぶりの山や谷のある生活が、彼女に生気を与えました。そして数日後に結婚式を控えた彼女に、この絵がピッタリとはまりました。

新平の絵の先生、村林先生の名付けはいつも面白いのですが、なぜこの子がアディオス・・・・スペイン語を母国語とする彼女にとって、なんとも不思議な深い出会いとなりました。gracias!!

珍道中日記⑤

Berlinの毎日5階までの山登りから解放され、今度は本物の山登りの日々でございます。

我々、次の目的地Wuppertalに滞在中。約9時間の移動を経て、友人宅に転がり込んだのは7月31日のことでした。

ヴッパー渓谷と訳せばなりますが、その通り、どこを歩いても坂。ゆがんだ坂。

長時間の移動でふらふらくらくらしている中、小さめのアパートの3階にある部屋に辿り着くには、まっすぐ歩くとか階段をしゃきっと上るとか、はたまた家の中をぶれずに歩くとか、もうできませんでした。

キッチンで食事をしているだけで、全身が前倒しになり、なんとなく気持ち悪いのです。

ベッドに倒れこみましたが、もう誰が何がなのか判別つきません。そして迎える朝も、朝食準備がままならず。。そして坂道の途中にあるこのカフェが、今回のshowの現場です。撮影者が、道が、地球が、いったい何が傾いているのか・・・

feu vert

実はこの時点で、滞在予定は4泊5日でした。なので、疲労困憊の8月1日は休養。show本番の2日は昼に観光をして、子供たちに楽しい思いをさせよう、という作戦に出たのです。私たちじゃなくて、友人家族が。。

そこで悲劇が待っていました。

Schwebebahn これが何か分かる人は、鉄道オタクか、独逸オタクか、遊園地オタクか・・・・

世界で一つしかない公共交通機関。しかもこの町ではこれが主力です。バスでも電車でもなく、Schwebebahn。

Yukoは11年程前に来た地ですが、その時は上を眺めて終わったその乗り物に、純粋な楽しみに為にグループチケットを買い、興奮する子供たちを連れていざ乗車!!Schwebebahn

 

一駅目で降りる人が教えてくれました。「100年以上も市民の足なのよ。そのうち重大事故は一度だけ。」

これに思わず感心したのですが、よくよく考えると恐怖恐怖。だって事故=墜落ですから。川に?道に?高速道路に?

【勝手な解釈でいうと、普段からぐにゃぐにゃの土地に住んでいる人にとって、平衡感覚とか高所恐怖症とか無関係なのでしょう。】

そんなわけで、二駅目に向かう途中、新平に通訳しながら「それにしても揺れるね」と言ったが最後。

「ジェットコースター10回乗っても平気!恵太はあかんけどな。ふふふふ」と楽しいお話を始めてくれた新平さん・・・・・もう焦点合いませーーん!

「私だめ、座るわ・・」車体の中心部に席を取り、深呼吸をするのが精一杯でした。

 

そんなわけで、”超”機嫌の悪いYukoと、暑さでイライラする子供とを連れて、楽しい土曜の午後は終わりました――

―しかしですね、本番を控えこれはいかん!と奮起したのはさすが、お母さんですね~。

日曜はお店は開きませんから、大量の食糧を買い込み、ガツガツとゆがむ坂を上り、吸い込まれるような階段を上りきりましたよ。

ここまでくると不思議なもので、逆に覚醒レベルが上がるのです。もう食べるしかないのだ!という希望。

勢いのまま料理・食事・片付け。そして夜のshowのため、キャンバスの地塗りを手伝い、そして引越し・・・??

えーーーーーーー引越しーー半分忘れてたけど、しなきゃ。。

 

そうなんです。友人宅とカフェが斜向かいなのですが、そのカフェの並びのアパートの方がゆっくりできるから、と部屋を宛がってくれていたのです。正直、半泣きですよ。なんでこのタイミングなの?と。

でも大移動をして惚れた。。だって一階ですよ。憧れの階段数段(数えられるけど、数える間もなく到着する)です。ドアも軽い!

そして床もまっすぐ----------->

こうだったのを ~~~> 二晩で卒業しましたよ、生き返りました。

 

しかも部屋の主が「自分の家だと思って使って!金曜くらいまで住んでて良いから」 この日は土曜だというのに一週間も可?

この瞬間、EronもYukoも滞在延長を即決しました。一番最初の計画では3泊が許容限界だと言われていたのに、とうとう広々としたアパートに自由に住める権限を得たのです。YEAH!!

ま、それからも大変だったのですが。。。

ドイツのシステムキッチンの使い勝手が分からないのはもちろんですが、当の主たちが180cm以上あるので、冷蔵庫も下二段しか目が手が届かないとか。肩まで手を上げて調理するとか。もう完全に小人でした、私たち。

小人その証拠がこれ。(ぼけた写真でごめんなさい)

黒の平面は壁一面の黒板。その下真ん中に黙々と作品を描きあげる新平。左の壁にはバイク二台。その裏には椅子が壁に吊ってあったり。漆喰マイスター(日本伝統家屋の左官屋)には申し訳ないが、壁の使い方、丈夫さが違いました。

では。