目覚めよ、我ら!②

 


・・というわけで、OTダンサーのYukoです。引き続き、ありがとうございます。

①を読んで頂いて、感動した方もいるかしら?キラキラダンサーばっかり見ている人には、なんとも暗い内容で、失礼。それでも、あくまで新聞記事に書かれている話なので、一般化されているはずで、様子を知るに足る内容です。そして感動する記事ではあります、私には。だってそれが事実だから・・。

6年前の話、実は10年前の状況と変わっていません。娘さんが成長したのが唯一の変化かも?私も元ベビーシッターとして、多少ホロリとやっとできたのは、2014年夏の再会のときでした。シアター系ダンサー養成メンバーに選ばれ、母親譲りの長い手足を使い・・・逆立ちを練習しているみたいだったから、倒立を教えたのが私の唯一の誇り。。(だってベビーシッターだった頃の辛い一夜の体験覚えてないじゃん! 一緒に踊ったこと覚えてないじゃん!)

それでまあ、6年前の記事を読んで、今日と何が変わったのだろうと、彼女の身を想像しました。多分、好きなように踊っていると思うのです。娘さんも12歳、進路選択の時分でしょうが、両親共に好き放題やっていると思うのです。ひとつ願うならば、タバコには手を出してほしくないかな、娘さんには。

私は知る人ぞ知る禁煙活動家です。タバコというものへの依存、アーティストが多くを占めるかと想像に難くないですね。依存症というのは・・・(ここからは医学的ウンチクになるので止めます)

事実と向き合い、事実と共に生き、事実と共に死ぬ。

 

ドイツには素晴らしいダンス作品を生み出す人が、ごろごろ居ます。世界中から人が集まってくるので、終わり無く探求できる学問でもあります。人文学の研究にもなるほど、人種や文化・言語が当たり前のように混沌と存在している現場であります。オペラやクラッシックの世界との大きな違いですね。

で、混沌とした中に放置されると、それを一緒に楽しめる人と、呑み込まれて壊れる人と、嫌悪感で逃げる人と、色々います。その中で、統率力も備わった飛び抜けてぶっ飛んでいるアーティストたちが、計算尽くされたとんでもないダンス作品を構築します。それらは日本でも観る機会があることでしょう。

そんな限りある才能は我ら持ち合わせていないし、試行錯誤している人たちもいっぱい見てきました。

事実と向き合い、事実と共に生き、事実と共に死ぬ。

 

話を混ぜるようですが、リハビリテーションとは何かご存知ですか?

検索サイトで調べて頂ければ出てきますので、その中からご自身の体験と共に、イメージしてください。

私がよく使うのは「その人が再びその人らしく生きるのに必要な手段や目的」。

それで、OTダンサーとしていつも念頭にあるのは「豊かな死」です。

事実と向き合い、事実と共に生き、事実と共に死ぬ。

 

さて、コンテンポラリーダンスの先生なんですが、色気は舞台上でのみ。他は鬼みたいな人でした。笑わないんです、めったに。笑いというものから遠ざかりすぎてて、表情にめったに現れないのです。そういう役回りで生きている人なのでしょう。新聞記事を読んでも、やっぱり、という感じ。でもひょっとしたら、2017年の今は笑顔が増えているかもしれませんが・・・そのうち会いに行って、思いっきり笑わしたいかも。。

 

 

 

 

 

 

目覚めよ、我ら!①

先のブログに書いたとおりEronからのリポートのつもりでしたが、そのEronの想いに応えて行動した結果、Wild Art YESE!はもちろんのこと、Yuko自身の次のstepsになりましたので、先に書かせて頂きます。

簡単に言ってしまうと、振り返りをしました。反省ではなく、人生の振り返り。(一応、半分生きたつもり)

皆さん、メールアドレスはいくつ持っておられますか?近頃はLINEというものがあり、モバイル端末をいじるのは日常茶飯事で、メールは不要の方もいるでしょうね。私はポケベルが廃れて、家電(いえでん)FAX携帯、という月々の支払い料金がとんでもない時代を始めた頃に、メールアドレスを保持し始めました。その二代目のアドレスには、2004年ドイツ関連の方々の連絡先が入っています。

当時、現場でダンスの情報を手に入れる以外の方法、つまり、ニュースレター登録というのが始まった頃でした。以来、ずっと受け取って目を通すレターがあります。私がコンテンポラリーダンスを学び、チームの一員として仕事をしていたカンパニーからです。そこに「15周年を記念して、各公演を振り返るビデオを順に提供します」とあり、私の中での時間軸が再びぐるぐると・・・そこで発見したのは、驚いたことに、6年前の今日の新聞記事。(以下、原文に訳を載せて、このブログ①終了)

研修会リポート

20170129_093254この写真から、月記を。。。

と、忘れて一月経ちまして、3月3日ひな祭り。梅が美しく咲いてはいるものの、寒い一日となりました。まったく色気のないWild Art YESE!から、ちょっとしたリポートです。

まずはみなさんに、質問。

「上の写真、どんなことをしている場面でしょうか?」

答え。

「グランドピアノの周りで、打楽器を鳴らしている場面。」

 

無造作に無制限に、そうぶん小ホールでのアクシデントです。

とある日曜朝9時半前のアクシデントです。

私Yuko、前日土曜の夜もここにいて、遅く白山に戻り寝て、子らと朝食、お弁当作りなどをしてブンブン車を走らせて、津に辿り着いた時にこんな感じでした。

このブログタイトルにもあるとおり、研修会ですから、ね。

 

『アート教育』この言葉をご存知ですか?

仰々しく感じるのは、教育という響きだからでしょうか?アートと不釣合いに思える相手だからでしょうか?

三重県民になって以来、出掛けて学びに行っています。私の中での経験の穴埋め作業と、理解のために。

 

ドイツで私はダンサー・ダンス講師を生業としていました。

アーティストだけの現場以外では、

Hiphop文化体験、アート教育、アートセラピー、多文化多人種共生事業、差別や人権問題を扱う団体、反ナチス教育など、諸団体の諸イベントに教育・養育の現場に派遣されていました。(2005-2008年)

メディア露出より庶民派だったわけです。

日本に戻ってから、子育てをしながら思うこと、医療・福祉現場で思うこと、未来の日本について想像できること、ダンスやHiphopから遠く離れた日々の中で、考察しています。

自分らしさの半分が欠ける環境の中で、飢えた日々の中で、アートの存在価値を見つめています。

 

さて、この三重県生涯学習センター主催の『アート教育』研修も、年々深くなっていきます。面白いことをしてくれますし、発展していっているわけですが、ちょっと私の中で勢いのなさが引っかかります。

勢いって・・・・?

せっかく新しい概念やモノが生み出されたのに、アート教育というものの成長曲線が緩いだけでなく、そこに関わる人たちに機会が与えられないが故の停滞を感じます。(我が身を含め)

 

きっと2017年もフツフツとグダグダとしそうなので、このあたりで書き止めます。

次のブログは、私からではなくEronから、とある都市のアートリポートにしたいと思います。

see you soon!