私がドイツで再会したかったモノ③

元同僚

今となっては少しもったいなかったかな、という写真左。小さなボストンバッグに衣装と着替え3日分。カメラはないし、英語は頼りないし、買いたい物もないし、映画も観ないし、☆見ても興奮しないし、、2006年Hollywood。

リニューアルオープン前のグリフィス天文台にもとく特別招待されたんだけど、、知らぬは恥なのか得なのか—- 平常心でお仕事に取り組めてよかったね、という思い出写真です。

その後も、ここにいる数人とは一緒に働いたり、情報交換したり、Hey!Yo!の関係が続きました。それでも、みな人生の岐路に立ちますから、自然にさよーなら。

 

干支が一巡した今年、二人と会えました。

一人は脚本家で、Beatbox musicalをドイツ国内で巡回公演をしており、ちょうど子供向けの作品がBerlinであったので、家族で楽しんできました。これから二年のうちに英語版を完成させると言っていたので、完成したら世界ツアーします。

RAZZZ FOR KIDS (←ドイツ語のビデオ)

 

もう一人は一番多く一緒に踊ったダンスパートナー。八年半ぶり!

遅くとも10年後(60+50)にbattle showをする提案がありました。これは遊びなのか、祝い事なのか、老いへの挑戦なのか、商業目的なのか全く分かりませんが。。

未だにドイツ語を話し、体型も変わらずに踊り続けている私への、驚きと賛辞の意味があるようです。そして、本来なら山ほどの提案をする彼から出た、たった一つの提案だから、私も熱い気持ちを持ち続けようと思っています。

 

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私がドイツで再会したかったモノ②

HipHop culture

当時、これを強く求めて、Berlinに移住したわけではなかったのです。ところが、平日放課後に集う場所があちこちにあり、週末となればイベントが重なるほどでした。年齢的には間違いなく年長者でしたが、アジア人特有の見た目と、拙い語学力で、家族で移住してきた一家というくくりで見られていたのでしょう。ある意味、可愛がってもらえましたし、守ってもらっていました。

とても心地よい場でした。

数年が経ち、仕事のオファーを定期的に頂けるようになると、背景が知れ渡り、立場が随分と変わりました。集う場を提供する側だったり、子供たちに生きることを伝えたり、HipHopのイロハを講義したり(はしっくれだったけど・・)、社会福祉にかかわったり、、この見た目で損も得も十分経験しました。

最終的に↓このような出版物の対談で、「後に日本に何かを持って帰るとしたら・・」というようなことを話しています。ドキッとしました。というのも、今回の渡独で初めて全部読み、10年前に自分が考えていたことに、改めて関心を抱いたのです。

今回仲良くしてくれた男の子3人↑17~21歳です。190cmくらいあるのですが、体を小さくしながら食事を用意してくれているところ。彼らは、流行りのダンスレッスンを受けに来た、元小中学生です。2009年のCrew解散になった後に、私の隣りに写っている彼女が育てた子供たちです。親子以上に歳の差はありますが、きっと「大切にしたいお姉さん」という感じで、つるんでいるようでした。

相思相愛の師弟関係?親子関係かな、やっぱり。

羨ましいな・・。私にもそんな小中学生がいましたが、どれほど想いが通じ、今どこで何をしているか、知る由もなし。それでも、お裾分けもらえて嬉しかったです。

そんなわけで日本に戻ってから、20年近く保護司をされていた方の話を伺い、重なる想いがありました。

 

補足:今のBerlinは、さらに多様な人種・価値観に溢れ、商業主義のダンス業界の影響もあり、HipHop cultureは絶対的立場を失っていました。しかしそこはunderground cultureの側面もあるので、消えずに復活の気配があるようです。

 

 

私がドイツで再会したかったモノ①

踊りの先生

「Yuko、私、去年Tokyoで踊ったの。Susanne Linkeの作品で・・」
「それ・・観たかった」
「ごめん。でもTokyoよ、しかもたったの4日間の滞在!」
「いや、そういう時は、東京に出掛けることにしてるよ。前もPina Bausch日帰りで行ったし。大阪より東京に行くことがあったし。」

about Susanne Linke’s (←作品については新聞記事をどうぞ)

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この方、私の先生です。クラッシック、モダン、コンテンポラリーダンサーです。
2004年より裏方を手伝い、体の使い方を学び、子守をしたりしながら、傍で見て参りました。前回2014年には、あまり時間もなく、言葉を交わせなかったのを覚えています。

そして、彼女に辿り着けるのか不安なまま、あまりに時間がなかったので、突撃訪問という形になりました。それを許してくれるのもBerlinならではかもしれません。

今回、色々な想いを共有することができました。それはもしかしたら『踊りを愛して止まない母親』という共通点があったからかもしれません。

「ただ、ずっと踊っていたい」その言葉に・・しびれました。ぞわっとしたのです。

別れに際して—- あんなに強く温かく抱きしめあったのは、初めてでした。

 

補足1:正しくは、一昨年2016年に東京公演をしたようです。(それなら行けなかったわ)
補足2:Susanne Linkeはこの業界では重鎮も重鎮。実は吉岡由美子氏も共演した過去があります。その際に、60代の彼女が美しく踊っている姿を見たので、今日、我らがYumiko Yoshiokaが60代で踊り狂っているのを見ても、驚かないのかもしれません。

先日、旅から戻りました。

旅に出る時ほど、前進的な時間はないでしょう。

精神を研ぎ澄ませている時間ほど、自らの健やかさを感じます。

あ、いい旅だった。

 

表現できるものは、皮膚から吸収したものしかないはず。

混み入った時空の中で、これでもかと呼吸して得られたもの。

あ、いい旅だった。

 

旅立つその瞬間に過去を置き、流れの中でまた、途絶えた過去を現在に繋げる。

細胞の中に、新たな枝葉が伸びていく。

あ、いい旅だった。

 

毎日ただひたすら歩く。欲望は消える。

限られた一日のなかで、先に見える何かに到達する。

あ、いい旅だった。

 

自分ではない何かに歩みを止められたその瞬間、心が揺さぶられる。

止めらるのにも理由があるだろう、落ち着くその間を待つ。

一度下ろした荷を、もう一度肩に掛ける日がきっと訪れる。

それまで旅も過去に置いておこう。

 

もし、自ら過去が近づいてきたら、それもいいかもね。